涙のあとがおぼろげに残る桃色の頬に唇を寄せて、そっと触れると、彼女は身体をぴしんと硬くした。出来る限り、彼女を怯えさせないためにゆっくりと動作したつもりだったのに、まだまだ丁寧さが足らなかったよう。しかし、彼女は怯えていると言うよりはむしろ怒りに震えているみたいに、眉をきっとつり上げている。それを認めると、僕には何を言って彼女を励ましたらいいのか、そもそも励ますべきなのか、そんなことすら分からなくなってしまった。いや、知らない振りをしていたいだけなのかも知れない。触れることをためらっているようでは、勝てない。 「君をどうしたいのか自分でも分からないけれど」 「…けれど?」 「分からないけれど、とりあえず、墓石の下にだけはいて欲しくない」 「酷なことを言わないでちょうだいよ。仲間に合わせる顔がなくなるじゃないの」 「僕はできることをちゃんとしたいんだ。これ以上の後悔に押し潰されたくない」 「今ある以上の後悔なんて…存在しないの。ねぇ、ルーピン」 は今にも泣き出しそうな顔をしている。僕の名を呼ばないでくれ、そう怒鳴り散らしたくなったけれど、やっとのことでその強い思いを胸に押し込めた。彼女の細くて白い左手が、僕の首に当てられた冷たい温度を感じる。との距離が、胸と胸がくっつきそうなほどに近付いたところで、僕は怖くなって思わず彼女をソファへ突き飛ばした。 彼女は、抗議の声をあげようとしたのにそれより先に自分の目から涙が零れてきたことに、目を丸くしていた。僕も同じようなもので、これほど大切に想っている人を自ら跳ね除けるなんて思ってもいなかったために、何もかも信じられないという、そこはかとない恐怖に陥っていた。もっとも、何が起こってもおかしくない状況というのは、既に作り上げられていたが。 先に衝撃から立ち直ったのはの方で、ソファから立ち上がるとその反動で僕に殴り掛かってきた。そんなことは簡単に予測できたのに、彼女のキレの悪いストレートを避けなかったのは、僕にずっと凭れ掛かっている罪悪感と、幼いままの熱い執心のせいだと思う。 「くそったれの、大馬鹿野郎!行かせてよ!」 ゴツンという嫌な音と共に床に倒れた僕の上に跨って胸元をぐらぐらと揺する彼女は、ホグワーツで一緒に学んだあの彼女とは思えないほどに激しく顔を歪め、泣き喚いている。殴られた顔よりも打ち付けた後頭部の痛みにクラクラしながら、僕は、朦朧とした意識の中、腕の力だけで起き上がってを抱き寄せた。彼女がバランスを失って倒れ掛かってきたから、二人一緒にまた床にダイブすることになった。 「…それなら君は、のろまでどんくさい亀みたいだ」 「何ですって」 「僕の気持ちにも気が付かないで、人のことを馬鹿だと言える?言えない。、君は僕の立場に立って考えたことなど一度もないんだろう?僕がどんな思いでここにいるか、どれだけ君の心配をしているか、どれだけ自分の手でジェームズとリリーの仇を討ちたいと思っているか、君は分かっていない」 「分かってるわよそんなこと、仲間なんだから」 僕の腕の中で暴れまわっているのはもう、彼女の心臓の音だけになった。痩せた彼女の身体があまりにも軽いからか、はたまた友を失った悲しみからか、いつの間にか僕の頬にも涙が伝っていた。そう言えばジェームズとリリーの知らせを受けて以来、僕は一度も泣いていない。 「…泣かないで、リーマス」 君は、全然分かっていないよ。僕たちが、道が枝分かれしている場所に立っているということも、少し突付いただけで壊れてしまう関係であるということも、本当に何もかも。だからそんな風に僕の涙を拭って、さっきから自分が泣いてばかりいることにも気が付かないで、僕の手を握るんだろう? |