彼女のスカートの裾がふんわり、風になびく度に、僕は僅かに目を細める。前の方を歩く女の子達の集団から大きな笑い声が聞こえて来て、その声の集まりの中に僕は彼女のものを探した。となりで欠伸をしながら歩いていたジェームズ・ポッターは、女の子達の声が聞こえると途端に髪を触り始めた。彼の悪い癖である。僕は内心呆れながら彼をちらりと一度見て、それからまた何気なく女の子の集団に視線を戻した。自分でも何故出るのか分からない息を吐きながらそれでもぼんやりと歩いていると、ジェームズがまだ眠そうな目で頭を掻きながら突然口を開いた。 「何でもお見通しだと言うつもりはないけど、君って、意外と分かりやすい性格をしてるんだなぁ」 「そう?」 「今の今までその正反対だと思っていたよ」 「分かりにくい奴、のままでいいのに」 「それが困ったことに、恋というものをすると人は瞬く間に変わってしまうのだ!」 「そのようだね」 思わず苦笑をこぼすと、ジェームズは心外だ、とでも言いた気ながっかりした表情をした。「恋をすると人は変わってしまう」、そのとっておきのサンプルが目の前にいるのに、笑わずにいられようか。人が誰しも持っている残酷さ、それを和らげてしまう特殊な力をリリー・エバンスは持っていた。ジェームズがそちらの話へ移ってしまう前に、僕はさり気なく彼の気を逸らす話題を振った。 「シリウスの具合は?」 「あぁ、そのことなら心配いらないよ。彼はもうピンピンしてる」 「退院してもいい頃なんじゃないの」 「それがね、医務室のベッドがこんなに居心地がいいとは知らなかったって、居座り続けてる」 「……マダム・ポンフリーはシリウスに甘いから」 「比べちゃいけない。君の場合、退院しても何の支障もないことが分かっていたから」 「彼の場合支障があるってこと?」 「シリウスの怪我の原因を、忘れたのか?」 そんなに早く退院してしまったら、相手も今度は手加減なしに来るよ、とジェームズはやや不謹慎に笑いながら言った。そう言えば、そうだ。振った彼女にしつこく付きまとわれて、挙句の果てに恨みを買って呪いを掛けられたのだった。その呪いが何と「顔が醜くなる」という世にも恐ろしい呪いで、実際かぼちゃジュースを飲んだ数分後にシリウスの顔は「ひどく醜く」なってしまった。慌ててマダム・ポンフリーに助けを求めたところ治すのに数日はかかると断言され、四日前に彼は止むを得ず入院したのだ。白く形の良かった歯や、シャープな鼻まで変形させられてしまったのだから、つくづく同情する。 これに懲りて派手に遊ぶのは控えた方が彼のためにもいいと思うのだけど、これを性分と言ってしまっていいのか、どうやら彼はまだ懲りた様子がないようだ。さすがのジェームズもこれには閉口し、今度こういうことになっても一切止めなかった責任は取らない、とシリウスの前で言ってみせたらしいが、効き目は薄い。 「いつになったら懲りるんだろう」 「そりゃあ、こっぴどく振られたときだろ」 「シリウスを振る女の子なんて、ホグワーツにいるかい?」 「さぁ、それは僕には分からない」 僕は肩をすくめて、会話を断ち切った。これ以上シリウスについての話をすることは無意味だと思えたし、それに何よりお腹が空いて会話どころではなかったのだ。大広間にはジャムトーストやポタージュの美味しそうな匂いが漂っている。席に着くと、向かい側からいきなり声を掛けられた。 「おはようリーマス!」 「あ、おはよう」 「今日もいい天気みたいね。飛行授業が楽しみ」 「飛ぶのは得意?」 「いいえ、それほどでもないわ。でも、」 「でも」 「こうも天気がいいと、何だかうまく飛べるような気がしてこない?」 「僕、運動は少し苦手なんだ」 「そう?」 「うん」 「あ、ほら、このウィンナー食べて。体力を付けておいた方がいいわ」 はそう言って、杖を使って僕の前の皿にウィンナーを置いた。まだ彼女も僕もトーストに口も付けていないのに、何て気が早いんだろう、と思ったけれど、の笑顔に何も言えなくなって皿を見た。かなり大きいが、美味しそうなウィンナーだ。 「ありがとう」 「どういたしまして!」 トーストにマーマレードを塗り終えて口に運んでいると、横からジェームズがにやりとした視線を送ってきた。それを無視することは容易いのに、いつもならあっさりと無視出来るのに、今日はどうしてだか笑顔を返してしまった。ジェームズは少しびっくりしていた。僕の機嫌が、彼が思っていたよりももっと良かったからだろう。 ふんわり / 恋というものは、全く人を変えてしまう
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