日曜日は 早速君に会いにゆく 図書室という素敵な場所がなければ、その場所に僕達が同じ時刻に行かなければ、僕はきっとこの世で一番大切な、大好きな女の子を見つけられなかっただろうと思う。そんなことになっていたら、今実際彼女を見つけられている僕自身にとっては人生の中でもとてつもなく大きな損失であることは間違いない。彼女がいない僕の人生。うまくその光景を思い描くことが出来ないというのは、すごく幸せなことだ。今僕の頭を過ぎって行くのは、出会ったときの彼女の髪の匂いや、目を細くして儚く笑う仕草、ひらりと宙を泳ぐスカートであって、あの暗い色をした満月ではない。なんて幸せなのだろう。僕はつくづく、あの場所・あの時間、そしてに感謝の気持ちを捧げたくなる。 前をゆっくりと歩いている彼女が今何を考えているのかは分からないけれど、それとは全く関係なく、僕には言わなければならないことがあるのだ。長い間先へ先へと延ばして来たことのツケが、ここ数日で回ってきたと言うか。ここ数日僕はそればかり考えている。どう言おうか、どう切り出したらいいか。断られたときはどうする?でもその時ばかりは言わなければならないことなんて綺麗さっぱり忘れていて、ふらりと体が傾いた彼女へ咄嗟に手を伸ばしながら、こういうことを既視感というのだろう、と思っていた。 「危ない!」 「えっ?」 「…気をつけてよ、ここ段差になってるって前も言ったでしょ?」 「ごめん、リーマス。ぼーっとしてた」 「だろうね…」 躓いて怪我したらどうするんだ、と呆れながら言っても、は「大丈夫大丈夫。過保護ねぇ」と頼りなく笑うだけ。次にここを通った時も同じようなことになるのだろう、という想像だけはつく。塔と塔の間の渡り廊下は石畳なのだから、こけたりしたら血が出そうだ。僕がぶつぶつとそんなことを呟いていると、軽やかに先を歩いていたが急に振り返って、真剣な顔で言った。 「ねぇ、明日はホグズミードよね?」 「(明後日なんだけど)…それがどうかしたの?」 「デートしましょう」 彼女は真面目そのもので、茶化すとかそんなことは一切なかった。2メートル程は距離があったのに、迫力が凄くて彼女の顔がとても近くにあるように見えたほどだ。「ねぇ、明後日、ホグズミードへ一緒に行かないかい?」という、さっきから言おう言おうとしていた少しの言葉をいとも簡単に言ってのけたを、僕は心底羨ましいと思った。もし今日言えなくても明日言ったらいいことだ、なんて言い訳を握り締めている僕とは、まぁ条件は違うけれども、はやっぱり勇気がある、と思う。僕は明日になっても言える勇気を持てていたかどうか怪しい。 「もちろん。喜んで」 「良かった!」 君の誘いを断るって?この僕が?そんなこと、あるわけないじゃないか。そう思いながら、君に見つからないようにこっそり目を閉じて、微笑んだ。初めてのデートだ。今度の日曜日の午後、ホグズミード。そうだ、日曜日は彼女を迎えに行こう。そうしてお城からゆっくりホグズミードまで散歩して、バタービールを飲んで、二人の分のキャラメルをたくさん買って、また帰りも歩いて帰るのだ。二人で! ◆ 「危ない!」 ガタガタと先程から気になっていた揺れがいよいよ本格的になって、上に立っている女の子がそれを制御しようと本棚に体重を預けたものだから本棚まで少し不安定に揺れて、女の子がずるりと落ちそうになったとき、僕がさながらヒーローのように彼女と脚立と本棚を支えたというわけだ。本棚の揺れの方は僕が支えなくとも収まっていたけれど。五段ある脚立の四段目に立っていたその女の子は、脚立の平らな部分にへたりこんで小さく息を吐いた。その息が僕の髪にかかる。僕が手を離すと、女の子はゆっくり下りて来た。 「怪我はない?」 「えぇ、大丈夫です。ありがとうございます」 彼女は丁寧に頭を下げた。それを視線で追ったら、床に落ちていた本が目に入った。僕がそれを拾って渡すと、彼女は一層申し訳なさそうに「ありがとうございます」と言った。長く黒い髪で、すっきりとした顔立ちは東洋人であるように見える。背はリリーと同じ、あるいはそれよりも少し高いぐらいか。濃くもなく薄くもなく、ずっと眺めていたくなるような、そんな雰囲気の女の子だ。そんな事をぼうっと考えていたので、頭を上げた彼女に「…何か付いてますか?」と不審気に言われた。 「いいや、…君は何年生?」 「四年です」 「僕もだ」 「本当?」 同い年には見えないよ、と軽く笑う彼女を見て、僕の心臓はドキリという音を立てた。髪の色も目の色も、目鼻立ちも全く似ていないのに、その笑顔はどこか母を思い起こさせて、それに予想以上に反応している自分に少し驚いた。ホームシックじゃあるまいし。同い年で僕のことを知らない子なんてまだいたんだなぁ、とも思った。自惚れではあるかも知れないけど、実際僕のことを知らない同級生は殆どいないと言ってもいいのだ。存在感があるとか、目立ったことをしているとか、そういうわけじゃない。それはひとえに、僕の親友達のせい。 「年上だと思ったの?」 「えぇ、だって大人びているんだもの」 「そうかな」 「日本にはそんな人、いなかったわ」 名前も知らない別の寮の女の子。性格や、お菓子作りが上手いかどうかや、詳しいことはまだ少しも分かっていないのに、僕は「あぁ、自分はこの人と一生一緒にいるんだろう」と思った。彼女に関しては、性格や、お菓子作りが上手いかどうかは重大ではないのだと分かったのも確かだ。今までそんな出会いをしたことがなかったものだからどうしたらいいのか分からなくて、彼女に微笑みかけ、踵を返して図書室から出て行った。そして僕は渡り廊下を早足で歩きながら、彼女に持って行かれてしまった心のまま、ぼんやりと考えていた。 (そうか、彼女はレイブンクローの四年生で、日本出身で。おまけに、笑顔がとっても可愛い子なんだ) もう一度会えることなんて、とっくに分かっていた。 |