「……スティ、これ何だと思う?」
「……多分、多分よ?」
「えぇ」
「…百味ビーンズ、…かな」
「…やっぱり?」
「まさか梟で送ってくるとは思わなかったわ」
「そうよね。スティもそう思うわよね」
「……」
「……」
「「で、どうする?」」

同時に相手に対して発した質問が見事にシンクロしていたので、とスティファニーはまたもや同時に乾いた笑い声をあげた。笑う以外にどうしようもない。車窓の向こうを流れる景色は、夏の後半のカラカラとした風となだらかに広がる山脈を連れて行きながらどんどんと後方に遠ざかっていく。ホグワーツ行きの汽車が目指す目的地へと進み始めてから、既に一時間ほどが経過している。彼女たちは二人きりのコンパートメントで、思わぬ客人が風のように来て、そして去って行った後も楽しい汽車の旅を続けていたところだった。



「…(何だったのかしら、あれ)…」
「…(ああぁ、折角会えたのに何も話せなかったわ!)…」
「…さてスティ、何の話だっけ?」
「え?あ、シリウ…じゃなくて、えっと、クリスマスのことよ!」
「ああ…」
「そ、それより、サンドイッチ買っていたんじゃなかった?食べないの?」
「あ、いや。食べます(スティ、お腹空いているのかしら)」

スティの物欲しげな視線を無視しながら、私は汽車で買った包みを開けてサンドイッチを取り出し、パンとパンの間を覗き見た。良かった、ピクルスは入っていない。包みをたたんで座席の横に置いてからサンドイッチを口に運ぼうとしたら、いつの間にかさっきまできちんと挟まっていたチキンが少しだけ減っている。スティの顔をちらっとだけ見て私は苦笑した。白いソースが口に付いているのに気付いていないらしく、知らない振りをしている。

「半分あげるついでに、いい事教えてあげる。口の端、ソース付いてるわよ」
「何のこと?」
「…いらないのなら、私はいいんだけどね」
「あら、誰がいらないって言ったの?」
「スティったら」

思わず笑うと、スティはにこりと華のように笑ってちぎった半分を受け取った。これでソースが口に付いていなかったらかなり可愛い方に入る女の子なのに、やはりどこにも完璧な人間などいない。一学年のときと変わらず、彼女は今年も食いしん坊のようである。昼食は家で食べてきたのだろうけど、彼女の食欲は半端ないから、お昼から一時間もすれば小腹が好いたとお腹を鳴らすのだ。

私たちは笑い合いながらサンドイッチを綺麗にたいらげ(と言っても半分以上をスティに食べられてしまったが)、それから仲良く尽きることのない話に没頭した。日本に帰っている間も英語の勉強は続けていたから、やはりおよそ一ヶ月前よりも少しは英語力が上がっていると言えよう。逆に、日本に久しぶりに帰ってきたときは日本語が当たり前のように耳に入ってくることの方に戸惑ってしまったぐらいなのだ。


「それでねぇ、お財布落としたってお父さんが言うものだから、家族全員で探し回ってね。どこにあったと思う?」
「どこだったの?」
「それがそこでは見つからなくって、どうしたものかと思って取りあえずはその日はパークを出たの。近くの取っていたホテルに帰ってきたら、何とベッドの上に置きっぱなしにしていたのよ!お父さん、もともとお財布なんて持って来てなかったのよ。いつも持っていたから、忘れたことにも気づかなかったみたい」
「え、でもパークの中で使わなかったの?レストランとか」
「お母さんが払ってたの。我が家の財政はいつもお母さんが取り仕切ってるから」
「大体うちもよ」
「母親が強いのは日本も同じなのね」

そんな感じの話を続けていたら、不意にコンパートメントのドアの外でガラガラとカートが車内の床をする音が聞こえた。耳ざといスティが食べ物のカートだと思い、パッと表情を輝かせて「蛙チョコレート!」と叫んだのと同時に、今度は窓ガラスに何かが当たるバシンと言う音が聞こえた。ハッとしてドアから窓ガラスに目を移すと、何やら茶色っぽい物体が窓の縁にしがみ付いている。

「何かしら、これ?」

ずっと凝視していたドアから目を離し、窓を訝しげに見ていたスティが思い切って窓をズズズと上へ持ち上げて開けると、ものすごい速さで茶色い物体がコンパートメントの中に入ってきた。私とスティは慌ててそれを避けて、窓から流れ込んでくる大量の風を遮るために窓を二人がかりで閉めてから後ろを振り返ってその茶色い物体を見(ようとし)た。

「え、あれ?どこ?」
「あ、スティ下!下よ」
「あらまぁ」
「誰の梟かしら」

茶色いという事で多少は予想が付いていたけれど、やはり梟のようである。コンパートメントの床に行儀良く羽を揃えて佇んでいるのは誰かの梟らしく、足首に手紙と少し大きな荷物が括り付けられていて、けれど梟はそれぐらいのことは何でもありませんと言う顔をしている。私たちは目を合わせた。この梟は私かスティか、それとも私たち二人ともに荷物を届けに来たらしい。何か忘れ物でもしたのかも知れない、その可能性のほうが明らかに高いのに、私は嫌な予感がした。

「このご恩は一生忘れない!」、そう元気よく叫んで窓から出て行った眼鏡にくしゃくしゃの黒髪の青年の顔が、またふっと頭に浮かんできた。それと同時に『黒髪のハンサムな奴』と形容されていた人の顔も、はっきりと思い浮かべる事が出来る。きっとこの箱二つ分の百味ビーンズを茶色い梟で送ってきたのは眼鏡の人の方なのだろうけど。



「どうする、って言ってもね…」

私がううむと悩んでいる間に、スティはさっさと梟に括り付けられていた手紙を取って広げていた。私が覗き込むような格好で、二人で文面を読む。



『真ん中あたりのコンパートメント お嬢さん二人
とても助かった。これはほんのお礼だけど、また会う機会があったらお礼させてもらうよ。
ジェームズ・ポッター』



最初に思った事は、これがイギリススタイルなのかという感心だけだった。けれど冷静になって考えてみると、隣で驚いた顔をしているスティだってイギリス人である(これは実は驚いているのではなくて、本当は学校一の有名人から自分たちに手紙が来たと言う現実を受け入れられなくて呆然としていただけなのだった)。スティが動けそうにないので、はスティの手から手紙を取り上げ、きちんと畳んで椅子の上に置いた。梟の足から百味ビーンズの箱を取ると、梟はホーと満足そうに鳴いてバサバサ飛んで、窓をコツンコツンと叩いた。私が納得して窓を開けてやると、梟はこちらを一度だけ振り返って、それから大きな羽を広げて飛び立っていった。その間もスティは手紙を持っていた格好のままフリーズしているから、私が少しだけ呆れて「スティ、しっかりして」と体を揺さぶったら、彼女はハッとした様子で辺りを見回し、私の顔を見、椅子の上に置いてある手紙を見てぴょんと飛び跳ねた。

「今!梟!手紙!シリウス・ブラック!」
「違うわよ。手紙はジェームズ・ポッターから」
「え?ポッタ…?」
「落ち着いて、しっかりしなさい、スティ。取り合えず食べましょう」
「食べ…?え、これ何かしら。あぁ百味ビーンズだったわね。そうだわ。食べましょう」

手紙がシリウス・ブラックからではないと理解すると、スティは落ち着きを取り戻した。冷静になったかと思ったら今度は百味ビーンズの箱を早速開けていて、「わぁ、当たった!、これオレンジよ!」なんて嬉しそうにはしゃいでいる。一年間一緒に過ごして多少はこの親友の事を理解したように思っていたけれど、実際は何も分かっていなかったようだ。彼女の食欲とミーハーは思っていたよりも凄いみたいだという事を、今感じた。


?食べないの?」
「あ、うん…お腹あんまり空いていなくて」
「大丈夫?顔色が悪いわよ」
「そんなことないわ。あ、ほら見てスティ、曇り空になってきた」
「あらほんとね。崩れるのかしら」
「そうかも知れないわ。そろそろ着替えておかないと」
「そうね。…うぇ、これどんぐり味よ…」
「ご愁傷様」

棚の上からトランクを取り出し、ローブを出して着替えている間にも空の具合はますます悪くなっていくばかりだった。この調子だとホグワーツに着くころには雨が降り出しているかも知れない。二年生からは馬車に乗ると言う事は聞いていたけれど、今年の一年生は可哀想だなと同情してしまう。もしかしたら、ホグワーツ最初の日、大雨に打たれなければならないかも知れないのだから。

「ほらほらスティ、いつまでも食べてたら遅れるわよ。もうホグワーツ見えてるんだから」
「えっ、本当?急がなきゃ」
「でもラッキーだったわね。二年生二人だけでコンパートメントを使えるなんて」
「これが普通なんじゃないの?」スティが肩越しに私に尋ねる。トランクの方を見ていないと危ないのに。
「いつもはもっと混むらしいわよ。スリザリンの子が言ってたわ」
「…私は数占いとっていないけれど、、よくスリザリンなんかと話が出来るわね」
「あら、それは偏見よ?とっても優しくて紳士的なんだから」
「あぁ、そう…」



ホグワーツの門に近付くに連れて周りは段々と騒々しくなっていき、汽車が完全に止まる頃には歓声が上がっていた。スティが急いで着替えをしている間にも隣のコンパートメントから人が出て行く音が聞こえる。そして薄暗い雲から雨がぽつりと落ち始めたとき、9と3/4番線は重い車体を滑らせながらゆっくりと止まった。

私の波乱のホグワーツ生活二年目は、こうしてスタートしたのだった。



...end