雨がホグワーツ全体へ降り注いでいた。今朝起きたときにはもう既にざあざあという音がしていたから、多分七時間以上は降り続いている。雨が降ると悪いことは、まずじめじめして髪の毛が変な方向を向くこと。次に、これが一番重要、外に出て気分転換をするということが出来なくなる。そして今日は週末で、残念だけれど週末の雨なんてひとつもいいことがない。お昼から陰鬱な気分を蹴散らかすために始めたチェスも、さすがに二時間以上やっていると飽きてくるというものだ。机を挟んだ向かいでポーンを動かしているハリーは、とろんとした目で頬杖を付き、眠た気に欠伸をしている。その欠伸がうつって、私の口も大きく開いた。その時だった。 「ハリー」 大口を開けたまま、ハリーを呼ぶ声につい反応してそちらを見た。そうしたらなんと大広間の扉の前に、セドリック・ディゴリーがいるではないか。私は親指と人差し指で摘んでいたナイトをチェスボードの上に落っことしてしまい、たくさんのピースからやかましい抗議を受けたけれど、そんなことは今ちっとも気にならなかった。なんたる最悪な偶然。ハリーも当然セドリックの姿を認めると少し笑顔を浮かべて彼に手を振った。 この退屈な時間、暇潰しをしてくれる相手なら誰でもウェルカムになるのは当たり前であると言える。しかし私が喜ぶ理由は単にそれだけではない、なんてことはハリーも十分知っている。だがしかし、タイミングが恐ろしく悪い。 「やぁ、」 ハリーの側に来てみてやっと私の存在に気が付いたのか、セドリックはにこっと笑って私に言った。私はそこまで存在感がないこともないと思うのだけれど、彼は最初出会った時からそんな感じだったので今更何を言う気にもなれない。それよりもきちんと私にまで挨拶してくれたことが、とても感動的だった。彼を見るのも久しぶりであれば、話すのもかなり久しぶりだったのだ。セドリックはそんな私の驚きと喜びの表情には全く気付かずに、ひょいと私とハリーの間にあったものを覗き込んだ。 「何だい? これは」 セドリックがチェスを知らないわけがない。不自然な彼の発言に首をかしげながら視線を下に向けると、なるほどチェスボードの上は、今までチェスをやっていたなんて思えないほど散々なことになっていた。落っことされたナイトのお仲間のクイーンが、私に鋭い視線を向けながら大きな声でキーキー叫んでいる。 「あなたのせいでナイトがひどいことになったわ! 責任は取ってくれるのでしょうね!」 「……分かったから、元の位置に戻ってちょうだい。まるで勝負にならないじゃないの」 「みなさん、今の聞きまして!? わたくしたちのことなんてどうでもいいんだわ!」 そう言って、彼女はわっと泣き出してしまった。そして何を感化されることがあるのか、白はもちろん敵であるはずの黒のピースたちも泣き出してしまい、とうとう全てのピースがわんわんと泣き声をあげた。私は焦って「な、泣き止んで! ほら、ナイトは回復したから、勝負再開よ」と呼びかけたのだが、泣き声が大きすぎて聞こえないようで、彼らはちっとも泣き止む気配を見せない。どうしていいやら皆目分からず、私は助けを求めるようにハリーとハリーの側に立っていたセドリックを見た。 「……キングが泣くところなんて初めて見たよ」 「私はよく泣かれるの」 「よ、よく!?」 「えぇ。だから、指示しないと四角の中から出られないように魔法をかけたのに」 「魔法……は、効いていないみたいだね」 「ピースにかけられた魔法の方が、複雑で強いのかも知れない」 セドリックと私が話している間、ハリーは何も口を出さなかった。ただ少しからかうような瞳をして私を見ている。そのおかげで私は必要以上に緊張してしまって、何も考えずにぽんぽんと言葉を発していた。あぁもう、絶対に変な子だと思われた。 「ほら泣き止んで。どうでもいいことなんてないのよ」 「ほんとうに?」 「えぇ。だからほら、再開しましょう」 「……分かったわ」 クイーンがハンカチで涙を拭きながら立ち上がると、徐々に周りのピースたちも元気を取り戻してきたようで、ナイトの背中をバシバシ叩いているやつもいた。勝負の続きの場所に全てのピースが移動すると、セドリックは「良かったね、」と面白そうに笑いながら言って私たちから離れた。去って行く彼の後姿を見ながら、ハリーがいきなり口を開いた。 「大好きみたいだね、君のこと」 「えっ!?」 「……ピースが、だよ」 あぁ、そっちね。ぼぅっとした頭でナイトをどこへ移動させるか思案していたから、赤い顔のまま苦笑いを作る私をハリーがどんな目で見ているのかは知らない。今度こそ落とさないように気をつけてナイトを移動させたら、彼は待っていましたとばかりに「チェックメイト」と言った。黒のピースが、わっと歓声をあげた。 惨敗
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