彼はわたしの想いをいつも弄ぶかのようにいたずらっぽく笑ってた。わたしがどう思っているかも知らないで。

ジェームズ・ポッター。彼は四つの寮の中でも一際目立っていた。クィディッチのチェイサー、そして成績優秀。相棒のシリウス・ブラックと友人のリーマス・ルーピン、そしてピーター・ペティグリューを連れ回していつも校内を駆けずり回っていた。わたしは穏やかで温かなハッフルパフの生徒のひとりで、地味にそして時に噂として囁かれる劣等生の名を背負いながら過ごしていた。彼ら四人の姿を見ない日は少なかったし、彼らは目立つだけあって目についた。派手に悪戯をやらかして、フィルチと追っかけっこしている瞬間だって目撃した事ある。けれど、わたしと彼の間には距離があり、共通点と言えば同じ寄宿学校の同級生であるという事だけだった。

わたしがなぜ彼の事を密かに想っているかというと、それは本当に単純なお話。ダンスパーティーで好きだった人を誘おうと、空き教室でその人に尋ねた。ダンスパーティーへ行ってくれませんか、ありふれた誘い文句だった。返事はあっけなく一言、ノー。一縷の望みを胸に抱いていたわたしはさめざめと机に突っ伏して泣いていたのだけれど、気づけばジェームズ・ポッターがわたしの目の前にいた。

「きみ、大丈夫?」

学校一の人気者にそう訊かれて恥ずかしくないわけがない。わたしは涙を隠そうと、ローブの袖で顔を拭おうとすると、ジェームズ・ポッターは紙で出来たおおぶりのピンク色の花をぽんっと杖から出した。

「ハンカチがなくて悪いけど、これで拭いて」

まさかこんな物をもらうだなんてわたしは思いもよらず、あっけにとられて返事もできず。少し頬を染めた彼は「おい、ジェームズ。ここは空いてないのか?」という入り口の扉の向こうから飛び込んでくる彼の親友の声に「あいてない!」と答えてそそくさと去って行ってしまった。そのお花は魔法界では見たことない、マグル式の手作りのお花だった。わたしはそれがもったいなくてもったいなくて、結局涙はローブの袖で拭い、大事に取っておくことにした。そう、それだけなのだ。わたしが彼と会話したのは。

それからだ、わたしが彼に淡い恋心を抱いているのは。今日は、どんな顔を見せてくれるのかしら。どんな色を、見せてくれるのかしら。そんな風に胸に期待を踊らせ、ドキドキする。けれど、彼を眺めることだけしかできないこの想い。彼がグリフィンドールのマドンナ、リリー・エバンズを好きな事も知っている。けれど、それでもどうしても好きでいることをやめられなかった。いつも校庭できらびやかな魔法を披露したり、時には糞爆弾を廊下中に仕掛けたり。リリー・エバンズのように、つっけんどんに彼に怒り散らす事でさえ羨ましいと思っていた。彼を目で追う以上のことは、穴熊のわたしにはできなかった。


ある日、ナラの木の下でわたしはマグル式の手袋を編んでいた。クィディッチにも使えるような指の穴あきグローブ。すべり止めを最後に魔法でかけるだけ。秘密の恋だから、秘密にお届けするつもりでいた。匿名で、クリスマスに彼にプレゼントを贈ろうだなんて自分でも可愛らしいことを考えてた。傍から聞こえてくる声。心臓が高鳴る。明るい、うきうきとした愛しい人の声だった。

「ジェームズ、前から何作ってるんだ?」
「花紙っていうので花を作ってるんだよ。ほら、可愛いだろ?」
「んで、それをどうするわけ?」
「そりゃあ、勿論。クリスマスの夜、エバンズのベッドの周りに内緒で敷き詰めてもらうんだよ!屋敷妖精に頼んでさ」

わたしは持っていた棒針を思わず落としてしまい、下が芝生で幸いだということを思わずにはいられなかった。音を立たせず落ちてしまった毛糸のかたまりをわたしは拾わずにジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックがぺちゃくちゃと続ける会話を聞き続けることしかできなかった。ぼうぜんとしながらローブにしまっていた、彼からもらった花を取り出す。大事に大事にしていたはずなのに、今日大広間で転んだ拍子に片側だけ不細工に少し潰れてしまっていた。涙を零さまいと目をこすり、木の向こう側をそっと覗く。クリスマスの計画を嬉々として声高らかに話すジェームズ・ポッター。きらきらと光る笑顔とそのハシバミ色の瞳は、わたしにとっていつも眩しかった。

色んな笑顔、色んな輝き。そんな素敵なものを彼は瞬く間に見せてくれた。くるくると変わる彼の色は、鮮やかで宝石のようにチラチラと輝き、わたしを捉え離さずいた。でも、それはわたしが手に入られるようなものじゃなかったんだ。

ぐしゃり。花が手の中で潰れる。散らばった毛糸と棒針も残して、わたしは彼の声が聞こえてしまわないようにと穴熊は穴へと帰っていった。



遊色現象


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'13.12.11 一花