穏やかな日





        今日は快晴。風も気候も穏やかで、まさに飛行日和。
        午前の授業が終了したお昼休憩中、ごろんっと寝転んでいる私の頭上では
        簡易クィディッチで遊ぶ下級生達が、楽しそうに空をスイスイと自由に泳いでいる。
        簡易クィディッチとは、クワッフル一つを奪い合い、時間内にどちらが多く
        決められたゴールにクワッフルを投げ入れる事が出来るのかを、競っている。
        わーわー、きゃーきゃー、と盛り上がっている様はとても楽しそうで、混じりたくなる位だ。


        サワサワと吹く風は、快適な木陰を提供してくれている木の葉を揺らし通り過ぎていく。


        そう、今日は穏やかな日。



        「よぅ、そこの死体。生きてるか?」



        地面に近い耳は、此方に向ってくる足音を捉えていたが、一体誰の足音か解らなかった。
        でも、声を聞けば直に誰か解った。誰か解ったので、このまま体を起こしもせず、その質問に答える。



        「死体に生きてるか、って尋ねるの可笑しいよね」

        「真面目に返すな」



        私の視界の空を遮るように、彼が顔を覗かせる。太陽を反射し、キラリと光る短い赤色の髪は、葉っぱの緑との対比で
        季節外れのクリスマスをなんとなく思い出させた。彼は私の顔を見てから、空を見上げて、又私の顔をジッと見つめてくる。
        その瞳に、今の内情を全部見透かされている気がして、ごろりっと九十度転がり視線を逸らした。



        「こんな所で不貞寝か?」

        「……穏やかな日だから、ただの日向ぼっこです」

        「さっき表情見た限りじゃ、とても穏やかな日って語れる顔じゃない。
         大方、あの気持ち良さそうに飛んでる下級生を妬ましく睨んでたんだろ」

        「睨んでない」

        「確かに、今日は飛行するには打ってつけの天気だし、飛びたくて羨ましく思うのは解るが、妬むのはどうかと思うぞ」

        「妬んでもない、チャーリーしつこい」



        言葉だけでは足りず「しつこい」と体で示すように、又ごろりっと転がり、元の姿勢から百八十度回転。
        仰向けからうつ伏せに変わり、地面がより一層身近に感じた。うわっ、草が口の中に入る、ペペッ!



        「そんなに転がると、パンツ見えるぞ」

        「見えてたら、私の恋人が大慌てで隠す筈」

        「眺めるって選択も有るかもな」



        あっそ、と軽く流したが、その後チャーリーは無言の状態。なんとなく、回転してスカートが捲れている感じは、太ももから解るが
        そんなに捲れてる?いや、そんなまさか……と、段々と不安になってきて、寝転びながら
        手を伸ばして、スカートの裾をススッと触ってみると、少々捲れてはいるがパンツまでは見えてない位置だ。



        「嘘吐き」

        「見えてるとは言ってない。でも際どかったのは確かだ」



        ふわりっと足元に布が掛かった。どうやら今更ながら際どい所をローブで隠してくれた様だ。
        その後「良い天気だな」「良い天気だね」と話しただけで、会話は途切れる。
        チャーリーとなら、別にそんな時があっても苦ではないが、今日は話が別だ。
        私があからさまに、会話する事を拒否している事が、チャーリーには解る様に
        私もチャーリーがどうやって話そうかと、切欠を伺っているのが解る。


        ……先日の試合で、私は大きなミスをやらかした。クワッフルを受け取ろうとして
        身を乗り出しすぎて、バランスを崩してしまい箒から落ちてしまった。
        しかもその落下した位置が運悪く、誰の魔法も間に合わない高さだったし
        落ちれば結構な痛みが伴う、とても微妙な位置。そこから落下してしまい
        受身は取ったが、背中から全身に駆け巡り、息が止まるかと思う程の衝撃は深く脳に刻み込まれた。


        箒を持つのは大丈夫、そこから飛ぼうと思っても少ししか浮かない。
        愕然とした。何で、どうして、と混乱したけど、魔法は使える。
        マクゴナガル先生に助けを求めると、詳しく色々言ってくれたが
        結論は「精神的な事です」との事。解決策は自分自身に託されるが
        それが見つからなくて、ここ数日、モヤモヤしてばかりだった。



        「空、飛びたいよな」



        切欠を伺った結果、直球で来た。チャーリーから出てきたのは私の気持ちの代弁。
        そりゃ飛びたい、でも息が詰まるあの衝撃を思い出すと出来ない。
        歯痒いそんなジレンマを自分の事の様に考えてくれる。


        このままではいけないのは十分解ってるし、チャーリーも私をどうにかして
        又飛べるようにしてあげたいと思ってくれているのも十分解る。
        彼の気持ちは、凄く嬉しく、有難いのもあるけど
        余裕がない今は、自分が抱える気持ちが、彼に解るわけないと、捻くれる。



        「空ってさ、地面から数センチ、数ミリ上だって空でしょ?
         少し飛べば、空を飛んだ事になる。だから別に私は、空を飛べなくなったわけじゃないもの」

        「屁理屈捏ねて……俺の信頼を寄せる、は何処へ行ったんだか」

        「旅にでも出たんじゃない? あー行くならルーマニアに行きたい」



        ゴツンッとグーで殴られた。威力は強くないから痛くない、でも怒ってるのは十分解った。
        でも、どうしろって言うんだ!と苛立ってくる。空の上の歓声がやけに耳に入ってきて、魔法が届く範囲なら
        うっかり呪いでも掛けてしまいそう。えぇ、えぇ、八つ当たりですとも!


        息苦しい沈黙が続く。地面から顔を上げたら、少しは呼吸が楽になるだろうか?



        「俺は……お前とだったから、レイブンクロー戦もハッフルパフ戦も勝てたんだ」



        沈黙の後、ボソッと告げられる彼の本心。
        嬉しいけど直に恐怖が過る。応えたい、でも動けない。
        不甲斐ない自分に、視界が歪んで、喉の奥からこみ上がるものを抑える。



        「……今の状態なら、次の試合メンバーを変える」



        我が寮のキャプテンのその正しい判断は、魔法でもなんでもないのに、私の体を勝手に動かし
        視界は真っ暗だったが傍に居るキャプテンの制服を確実に掴んで、待ったを掛ける。
        嫌だ、譲りたくない、そこは私の場所だ。


        遂に、こみ上がってきたものを抑える事が出来なくて、少し漏れたけど、地面に吸収されていった。
        声はくぐもっていて、近くに居るチャーリーだけにしか聞えていないだろう。



        「そろそろ地面に這い蹲るの飽きただろ? 空を飛ぼう」



        ガシガシと頭を撫でられる。練習で豆が出来たザラザラの掌に
        髪の毛が引っ掛かって、少しだけ引っ張られて痛かったけど「止めて」なんて言う気は無い。
        乱暴だけど、優しい時間が過ぎ、制服を掴んでいる手とは反対の手を頭にもってくと、穏やかな風なのに
        まるで暴風でも吹き荒れたみたいに彼方此方髪の毛は跳ね、重力に逆らう強者まで現れてる。
        それを撫で付けながら、ゆっくりと体を起こすと、制服に葉っぱやら草やら泥やら、色々沢山付いていて手で払う。
        「あーあ」と言いながらチャーリーも立ち上がり、顔に付いた泥から何から綺麗に拭ってくれた。



        「チャーリー、次の練習何時だった?」

        「今日、授業が全部終わってから」

        「そう……きっと、探してる人そこに居るよ」

        「そうか」



        私の返答に満足したのか、彼は嬉しそうに笑みを零していた。
        根本的にはまだ解決してないけど、人の気持ちを感じる余裕は生まれる。
        こんなに心配してくれてたのに、捻くれててごめんね。



        「でも、地面で動けず彷徨ってるかも」

        「なら、又引っ張ってやる。今日が駄目なら明日
         明日が駄目なら、明後日。いつでも、他の事でも引っ張ってやる
         ……けどまぁ、全体重掛けられるのは御免だな。重くて脱臼しそうだ」

        「ご安心を、ちょっと手を借りるだけだから……ありがとう」

        「ん……飯喰いに行くか?」

        「あっ、もう食べた」

        「……落ち込んでても食欲は落ちてなかったんだな。こりゃ、本気で全体重かけられるのは、困るな」

        「失礼な! その鍛えた体で受け止めてよ」



        ドカッと、チャーリーの背に勢い良く飛びつくと、クィディッチで鍛えた筋肉で受け止めてくれる。
        「ほらね、大丈夫」と言ったら、あれー、可笑しいな、少しグラグラし始めたよ。



        「重い!」

        「えっ、あ、あれ?」

        「っ」



        勢いの所為か、チャーリーは支えきれなくなってドサッと二人して、地面に転がった。
        少し痛かったけど、直に回復。彼と顔を見合わせると、視線で非難され
        謝った後、どちらからともなく、笑みが零れた。ごろりっと転げ空を仰ぐ。


        そう、今日は穏やかな日。





        テーマ:空  ちの(13.10.30)